過去の瞬間瞬間の自分に心からの感謝を贈って号泣した話

急激に、過去の毎時毎時の自分に対して、感謝の気持ちがあふれ出たことがありました。

  • 過去と現在と未来はつながっていない
  • 毎瞬毎瞬のパラレルワールドが無限にあるだけ

という概念は理解していましたが、それがリアルに体感された出来事でした。

過去の自分は必ずしも愛せる存在ではなかった

犯した過ちや、苦しかった出来事、情けない気持ち、引きずっている後悔……

過去を振り返ると、胸のあたりにズーンと重いかたまりを感じることが、よくありました。

「過去の自分」は、必ずしも、愛せる存在ではありませんでした。

「過去の自分は戦友である」

それが、あるとき、

  • 過去の自分は戦友である

という概念が、突然、飛び込んできたのです。

私が忌み嫌っていた「ダメな自分、失敗した自分、緊張した自分、恥をかいた自分、、、、」は、敵ではなく味方だった

一緒に「わたしの人生」という作品を創り上げてきた「戦友」だったのです。

振り返ればいつだってがんばっていた私

「戦友」である、という気持ちで振り返ると、いつ・どんなときの私も、「わたしの人生」を良くするために、ただただ、必死だったことがわかります。

何にも悪いことなんて、していない。ただただ一生懸命だっただけ。つらい思いをしても、苦しい思いをしても、情けない思いをしても、一生懸命に“わたしのために”がんばってきた。

それが戦友である過去の私なのです。

突然、パラパラ漫画のように猛スピードでシーンが駆け巡る

そんなことが頭をよぎった次の瞬間、突然、パラパラ漫画のように、何百、何千というシーンが、頭の中を駆け巡り始めました。

私が、「ダメな自分」として、断罪してきた過去のシーンもあります。

ひどい言葉を投げ掛けられて、みじめな気持ちになっているシーンもあります。

思い出す度に、どーんと重いかたまりを胸に発生させていた数々のシーンです。

その1枚1枚の自分に対して、どうしたことでしょう、もう感謝の気持ちが止まらないのです。

いつしか涙があふれて号泣に変わり、無意識のうちに、両手を合わせて、ありがとう、ありがとう……とつぶやいていました。

ただただ、感謝のエネルギーを、1枚1枚の自分に贈り続けました。

過去の自分は今の自分ではない戦友である

地球の時間軸で考えると、過去の自分を「いま」の自分の若いバージョンです。

でも、そうではないんだ、ということが、体感としてわかりました。

彼ら・彼女らは、「いま」の世界とは違うパラレルワールドに存在する戦友です。

一緒にこの人生を作っている「仲間」です。その無限の連なりで、「わたしの人生」が作られている。

そう考えるだけでも、「わたしの人生」は、私ひとりで作っているわけではないのですね。

よく、「人はひとりでは生きられない」と言いますが、仮にひとりで生きているとしたって、たくさんのバージョンの「私という存在」に支えられて成り立っているのです。


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