自殺は病気だから、「最後までよくがんばったね」って言ってあげたい。家族を自殺で亡くした・大切な人に自殺されたときの考え方

私は、家族を自殺でなくしました。何らかの自殺の報道がある度にそのことを思い出すから、胸がギュッと締め付けられます。

先日は、知人の様子がおかしいので聞いたら、「友人が自殺した」といって、ものすごく怒っていました。

気持ちはとてもよくわかりますが、私は「怒っていては、お友だちがかわいそう」と言いました。

必死で心の病気と闘病したあげく、打ち勝てずに死んでしまっただけなのに、責められるかわいそうな自殺者

自殺する人は、診断が付いていたにしろ、付いていないにしろ、多くの人が、心の病気だと思います。

自分で死を選ぶなんて、とても重症です。私たちは、体の病気で死んだ人を責めたりしません。

  • 「よく最後までがんばったね」
  • 「向こうでゆっくりしてね」

と、ねぎらいます。

どうして、心の病気で死んだ人は、ねぎらってもらえないのでしょうか。

つらい・つらい・つらい毎日を、耐えて・耐えて・耐えて、とうとう病気に勝てずに、地球を卒業していった彼らに、私は「おつかれさま」「もう大丈夫だよ」と言ってあげたいです。

自殺したことさえ、許して愛する

断っておきますが、私は、今生きている人に対して「自殺してもOKですよ」という話がしたいのではありません。

どちらかというと、身近な誰かを自殺でなくした人が、苦しみから解き放たれるための捉え方について、話をしています。

私は、大好きな人が自殺してしまったから、

  • 自殺したことまでも許して愛し尽くそう

と思いました。

その「愛のプライド」によって、私は大切な家族を責め続けたり、思い出のすべてを悲しみに染めたりする苦しみから、逃れることができました。

自殺した魂は、どこへ行くのだろうか?

「自殺すると、ペナルティを受けるから、天国へ行けない」とか、「呪縛霊となってこの世に残ってしまう」という風に言う人がいます。

その考え方は、今、生きている人が自殺しないための抑止力にはなりますが、「すでに身近な人に自殺されてしまった人」にとっては、傷口に塩を塗るような考え方です。

だから、私は、少しでも自分の気分が楽になる考え方を採用しました。

鳥肌がたって、わらわらと震えて涙が出た考え方が、下記のDVDに収録されていました。

引き寄せの法則 ヴォルテックス (2枚組) [DVD]

かいつまんで紹介すると、「つい最近、息子を自殺でなくし、後追いを考えている」という母親が、質問者として登場します。

それに対して、回答者であるエイブラハムが、異次元の場所からさまざまな言葉を投げかけるのですが、「今、息子さんは苦しんでいない、素晴らしい気分でいる」というのです。

人は誰でも死にますが、その死に方が「自殺か・そうでないか」は、大きな視点から見たらたいした違いではないと。

私たちは、「自殺」という言葉の強さと、それを取り巻く苦しくて重いエネルギーに、特殊な感覚を持ちすぎてしまいますが、それを少しゆるめてもよいのだと、エイブラハムは教えてくれました。


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